2013/7/22

  2013年7月22日(月)
  日本ケミカルリサーチ。

JCR日足
(一)野村證券の不可解なウリ推奨。

(1)7月18日付け野村證券の日本ケミカル調査レポートは、「減価償却、ロイヤリティー等の支払い負担が増える一方、短期的な好材料が無い」という明らかに間違った理由によって「売り」を推奨した。
(2)野村證券は日本ケミカルの主幹事証券であるが、アナリストは会社訪問による取材や、内容を確認するための問い合わせを全く行っていない。
(3)私は日本ケミカルについて、無責任で悪意に満ちた野村レポートとは正反対の意見を持っているから、以下に私見を述べて反論に代えたい。
(4)第1に、日本ケミカルは、芦田会長を筆頭に社員の半分が研究開発に従事する技術者集団である。新薬の開発力はきわめて旺盛で、例えば日本網膜研究所がこのほど政府の資金支援を得てiPS細胞を用いて網膜細胞を開発すると発表したが、日本ケミカルは1年前にすでに別の細胞を用いて網膜細胞の開発に着手している。
(5)第2に、世界第3位の製薬大手・英グラクソが日本ケミカルの開発力に注目して筆頭大株主となり、全面的な包括提携契約を結んだ。現在もグラクソは開発資金を全面的に提供する一方、見返りとして新薬の販売権を取得している。
(6)日本ケミカルがグラクソから取得するロイヤリティーは売上高スライドのほか、グラクソが世界各国でエポエチンンの販売認可を取得したときにも取得する。
(7)野村レポートは「ロイヤリティーの支払い負担が増えて業績が悪化する」と述べているが、日本ケミカルは新薬を自社で開発しており、ロイヤリティーを取得することはあっても支払うケースは殆どない。野村レポートの筆者は筋違いの弱気論を主張する前に、決算報告書でロイヤリティーの内訳を検証するべきではないか。
(8)8月には提携の成果として,日本ケミカルが開発した希少疾病の新薬をグラクソが発売する。希少疾病の患者数は国内で少なくても、グラクソの世界の販売網を用いれば、市場が拡大する。
(9)第3に、グラクソは日本ケミカルにロイヤリティーを払って腎性貧血治療薬・エポエチンアルファの海外販売権を取得している。
(10)人工透析患者は透析時に赤血球(腎性貧血治療薬エポエチン)を補填する必要がある。エポエチンの海外市場規模は2.2兆円で、現在は2社が寡占している。その海外市場に、グラクソが間もなく新規に参入し、かりに初年度に5%、1,100億円のシェアを取得したとしても、年商145億円の日本ケミカルの売上高は数倍に激増する。ロイヤリティーを含む増益幅はさらに大幅となる。
(11)かくして年商145億円に過ぎない日本ケミカルは年商3兆円のグラクソの販売網を得たことによって、売上高と利益の変化率がケタ違いに拡大し、日本の株式市場で空前の業績変化率を記録する可能性が生まれた。
(12)野村レポートはさらに「多額のロイヤリティーの支払い負担が発生して日本ケミカルの業績が悪化する」と主張しているが、日本ケミカルの製品は大半が自社開発だからロイヤリティーを支払う必要がないばかりか、販売代理店のグラクソから多額のロイヤリティーを取得できる。すなわち日本ケミカルは、1. グラクソが新規に一国で販売認可を得た場合と、2. 売上高スライドの二本立てで、グラクソからロイヤリティーを取得している。
(13)ここまで検証して、野村レポートの「日本ケミカル売り推奨論」は間違いだらけで、反論するに値しないほどずさんであることが明らかとなった。
(14)同時に日本ケミカルの開発力と経営力がいかに緻密で隙がないかという点に改めて気付いた。

(二)エポエチンの海外販売はいつ始まるか。

(1)日本ケミカルからエポエチンアルファの海外販売権を取得したグラクソが、海外の2.2兆円市場で販売を開始したとき、日本ケミカルの売上高は激増する。
(2)さらに 1. 売上高スライドによるロイヤリティーと、2. 販売テリトリーが一ヶ国増えるごとに取得するロイヤリティーが加わって、日本ケミカルの利益は売上高よりも大幅に増加する。
(3)そのとき日本ケミカルの理想買いは現実買いとなる。
(4)それゆえ投資家にとってはグラクソがエポエチンの海外販売をいつ始めるかが重要な注目点となる。
(5)その時期を私は遅くとも年内と思うが、それ以上にタイミングを特定する情報を持たない。
(6)望ましいのは日本ケミカル自身が情報をできるだけ早期に開示することである。グラクソは販売開始に先立ってエポエチンの生産と備蓄を日本ケミカルに要請するから、真っ先に把握できる。
(7)先週末に野村證券が悪意に満ちた日本ケミカルの売り推奨を出し、残念ながら株価が急落した。
(8)しかしここへきて日本ケミカルは新薬開発を発表するなど、業績は順調である。
(9)私は相変わらず、日本ケミカルが脚光を浴びて晴れの舞台に登場する日を待望している。