(1)3月20日はお彼岸のお中日であった。その日に私は京都の東寺にお参りし、僧侶の読経とお説教を聞いた。始めて聞いた説教は信心を持たない私にも新鮮に響いたので、ご紹介しておきたい。
(2)お彼岸のお中日には、太陽がマ東から昇り、マ西に沈む。それゆえ昼と夜の時間が正確に同じとなる。人は東方で生まれ、死んで西方浄土に赴くが、昼夜がそれぞれ12時間ちょうどとなる日は1年のうち春秋2回のお彼岸しかない。それゆえ日本人は1年に2度、お彼岸に西方浄土のご先祖を偲ぶのである。
(3)有史以来連綿として絶えることなく生命を伝えてきて頂いたご先祖のうち、一人が欠けていても現在の自分はこの世に存在しない。生を受けた不思議な縁に思いをめぐらせてご先祖に感謝する日がお彼岸である。
(4)お大師さまは「人には煩悩(ぼんのう)があるが、煩悩こそ、解脱(げだつ・さとり)のための因縁(いんねん)となる」と説かれた。煩悩の原因は「自己に対する甘え」であり、煩悩を退治することが解脱への道となる。
(5)煩悩が多くても心配はいりません。「氷多きに水多し」と申しますが、煩悩の氷が多ければ多いほど、解けたときの悟りの水も多いのです。
(6)ちなみに私は東寺の門前の商家に生まれた。終戦直後の子供の頃には、東寺の広大な境内は荒れ果てており、私たちは本堂の白壁にボールをぶつけて三角ベースに興じていた。今ではそれらの建築物はみな国宝となっている。
(7)五重塔にこっそり登って、五層から京都市街を眺めたこともある。塔内には分厚いほこりが積もっていた。京都は空襲を免れたが、東山から西山まで高層建築は乏しく、大寺院の堂塔伽藍が存在感を示していた。
(8)喜寿(七七歳)を過ぎて私は東寺で始めて僧侶の説教を聞いた。お説教はしみじみと心にしみた。