2009/11/9

  2009年11月9日(月)
  三洋電機、驚愕の舞台裏を推理する。

 独禁法の事前審査終了を転機として三洋電機が直近の開発情報を開示し始めた。これを受けてマスコミ各社は一斉に業容の急拡大を報道した。しかし三洋電機はTOB初日の5日に予想外の急落を演じた。ゴールドマン・サックスと見られる大量売りとヘッジファンドと見られるカラ売りの買い戻しが交錯して出来高は3億株を超え、日証金の取り組みは大幅に悪化した。急落の影に潜む驚愕の舞台裏を、私は私の経験と知識を総動員して推理した。以下は推理の経過と結論である。
(一)独走態勢築いた三洋電機。

(1)トヨタ、ホンダ、フォルクスワーゲン、フォードに続いて仏プジョーが三洋電機陣営に参加した。5社はガソリンエンジン併用のハイブリッド(HV)車を開発しており、ニッケル水素電池のHV車に次いで、次世代のリチウムイオン電池車でも独走態勢を築く勢いが鮮明となった。
(2)EV車対HV車の優劣はすでに鮮明である。プロの間では、10年間はHV車の優位が続き、その後に本格的なEV車の時代が来るという見方が有力である。HV車とEV車の相違点を次ぎに要約しておきたい。
(3)電池のみで走行するEV車の普及を阻んでいる問題点は次の如くである。
 1. リチウムイオン電池だけでも200〜250万円と高価なために販売価格が400万円を超える。
 2. 連続走行距離に限界がある。
 3. 長距離走行に不可欠の充電スタンドが普及する目途が立たない。
 4. 充電に長時間が必要である。
(4)これに対してガソリンエンジン併用のHV車はすでに大量生産、大量販売時代に入った。理由は明快である。
 1. 走行しながらモーターの回転で充電するから充電する必要がない。
 2. 価格はEV車の半値以下で、普通車並みである。
 3. プリウスのリッター当たり走行距離は38キロでガソリン代が大幅に節約できる。
(5)さらにトヨタが年内発売を予定しているプラグインHV車はリチウムイオン電池搭載で、次の性能を備えている。
 1. 家庭のコンセントで充電できる。
 2. EV車より割安である。
 3. 電池のみの走行に目途が立てば、EV車に移行する。
(6)パナソニックと三洋電機はニッケル水素電池を用いたHV車で市場を独占したために独占禁止法に抵触し、TOBが難航した。しかしその間に次世代リチウムイオン電池のHV車でも独走態勢を築く目途をつけたから、ニッケル水素電池で大幅な譲歩を決断したのである。
(7)三洋電機の本間副社長は改めて10年後に世界の自動車電池シェア40%を目指すと述べた。しかし現実にはすでに50%を超えている。三洋電機の急ピッチの設備投資は下請け企業に及び、リチウムイオン電池の正極材、負極材等を生産する企業が一斉に大幅な設備増強に踏み切っている。
(8)技術力に加えて大量生産によるコストダウンに成功すれば、全方位販売を掲げる三洋電機の競争力と販売力はますます強化される。
(9)一方、パナソニックは電気変換効率連続世界1の記録を持つ三洋電機製太陽電池を足場に家庭用電気を丸ごと自家発電するシステムを開発して大量販売に乗り出す。
(10)パナソニックは経営資源を太陽電池と自動車電池に集約した三洋電機TOBに自らの成長戦略を賭けたのである。

(二)大量売りはゴールドマン・サックスか。

(1)過去1年間に電池メーカーや電池の素材メーカーの株価が軒並みに4〜6倍に暴騰したが、独走態勢を構築した大本命の三洋電機のみが安値圏に取り残された。最大の障害はパナソニックのTOBが難航した点にあった。
(2)ところが待望のTOBがスタートした5日に株価が急落した。私は、大量売りで株価を売り崩した投資家はゴールドマン・サックス(以下GS)ではないか、との結論に達した。
(3)しかしGSは今や8億株を保有する三洋電機の大株主である。株価が10円下がるごとに80億円の損失を被るような愚策をなぜ実行したのだろう。この大きな謎を解くために、私は先ず株主構成の変化をチェックした。
(4)もともと三洋電機の株価を予測する上で唯一最大の不安要因は61億株の新株がもたらす需給関係の悪化であった。
 1. 三洋電機の現在の発行株式数は22億株であるが、優先株が普通株に転換されると新たに40億株の新株が増加する。
 2. その新株をパナソニックがTOBによって全部取得すれば株式市場の需給関係は変わらない。
 3. しかし独禁法審査の過程でパナソニックの取得株式数が66%から50%超に引き下げられた結果、8億株がGSに、4億株が大和証券に振り変わった。
(5)大和証券はパナソニックと三洋電機の幹事会社だから、売却に際して両社の意向を尊重するが、GSが8億株を市場で売却すれば暴落は必至となる。しかし私はGSもまた市場で売却する可能性が低いと見た。理由は次の通りであった。
 1. GSはTOBの値決めに際して131円が安過ぎると強く抵抗した。
 2. しかしリーマンショックで世界中の株価が大暴落したから、131円で妥協した。
 3. その後の1年間に電池関連株は軒並みに暴騰し、三洋電機の割安が鮮明となった。
 4. GSは好機を捕らえて先ず高株価を演出し、その後に安定工作を推進するだろうと私は思った。
(6)しかし先週、私の推測は大外れとなり、TOB初日の5日に株価が急落した。TOB開始の5日は大株主のGSがインサイダー取引の制約から解放された日である。つまりGSは5日から自己勘定で自由に三洋電機株を売買することが可能になった。
(7)株主構成から見て、5千万〜1億株と推定される巨大な実弾売りを実行できる投資家はGS以外に存在しない。
(8)しかし5日の株価推移を見て、私はGSがある目的をもって株価を下落させたのではないかと感じた。3億株を超える大商いにもかかわらず、10時を過ぎると株価は170円〜175円の小さな値幅に収斂し、大引けは172円となった。
(9)もし172円が、GSが必要とした株価であったとすれば、引け後に市場外でバイカイによる大口の玉移動が執行された可能性がある。大口の取引は通常市場外でウリとカイを突き合わせて執行する。バイカイの株価は市場価格の7%以内と決まっているから、目標株価は172円から7%を割引した160円と私は推定した。
(10)大口のバイカイは5日以内に取引所に報告する義務があるから、私の推定が正しければ、売り手の名義は11日までに判明する。

(三)大量買いは大手自動車会社か。

(1)前項で私は売り手をGSと推定したから、買い手についても推定しておきたい。
(2)最も可能性が高い買い手は、HV車を三洋電機と共同で開発している自動車大手5社である。10年後に本格的なEV車時代が来るとすれば、その頃には開発の主導権が自動車メーカーから全方位販売で世界中に販売網を構築した三洋電機の手に移ることを、共同開発の当事者が誰よりも熟知している。5社のうちの何社かは将来の発言権と優先権を確保するために三洋電機の株式取得を希望しただろう。
(3)一方パナソニックは、40億株の全株取得を断念した段階で、GSと大和証券が取得する12億株の行方について協議し、合意したと推定される。
(4)もし合意がなければ、利益至上主義のGSが虎の子の8億株を安値で売り渡すとは思えない。

(四)外資系証券のカラ売りは出来レースか。

(1)三洋電機の株価急落に先立って、外資系証券から大規模なカラ売り(借り株)が仕掛けられていた。カラ売りの大手は次の4社で、合計4,675万株に達していた。
 1. ドイツ証券とドイツ信託:1,782万株。
 2. シティグループ    :1,103万株。
 3. VICIS         : 950万株。
 4. モルガンスタンレー  : 840万株。
(2)10月30日に1位のドイツ証券、11月2日に2位のシティグループが目標株価100円の売り推奨レポートを出したことを、私は偶然と思わない。この時点ではパナソニックが131円でTOBに踏み切るという情報が周知であり、株価が131円以下に下落することはあり得ない。両社のレポートは自社のカラ売りを正当化するための援護射撃であったと私は感じた。
(3)現に、カラ売りに参加していないJPモルガンは10月29日付けで270円の買い推奨レポートを出しており、誰が見てもこの方がまともである。
(4)さらに踏み込んで推測すれば、カラ売りに参加した証券会社とGSは背後で連携していた可能性がある。
(5)開示された名義は証券会社でも、実際にカラ売りした投資家はヘッジファンドである。GSはヘッジファンドとの結びつきがもっとも強い証券会社である。ヘッジファンドが三洋電機の大株主であるGSを窓口とすればインサイダー取引の疑惑が生じるから、他の外資系証券を経由したと推定される。
(6)私の推定が正しければ、ヘッジファンドはGSの大量売りに乗じて借り株を買い戻した。その変化を今週、取引所が開示するだろう。
(7)さらにヘッジファンドとGSが背後で連携していたとすれば、カラ売りで儲けた上に、ドテン買い越しでもう一度儲けることができる。
(8)もしこのような構想があったとすれば、その時期はGSが8億株を取得すると確定した時点に遡るだろう。百戦錬磨のGSがインサイダー取引の疑惑を招く取引を行うとは思えないが、これほど大がかりな構想を推進する能力を持った証券会社はGS以外に想定しにくい。
(9)GSが蓄積したノウハウは、凡人には想像もできない多様さと奥深さを秘めている。私は今さらながら「GS恐るべし」の感を深くした。

(五)三洋電機の株価の行方。

(1)そもそも8億株の大株主となったゴールドマン・サックスにとって、株価の下落は百害あって一利もない。株価が10円下がるごとにGS自身が80億円の資産を失うような愚挙を利益至上主義のGSが続けるわけがない。
(2)もしGS以外の何者かが株価を売り崩したとすれば、GSは資産防衛のために防戦買いに打って出ただろう。
(3)防戦買いの形跡が見えないのは、GS自身が「特定の株価」を必要としたからではないかと私は推定した。私の推定が正しければ、GSが必要な売買処理を終えた後、株価は反騰に転じるだろう。
(4)三洋電機とパナソニックは蓄電池で世界の1位と2位である。電気自動車の中核技術となる電池でも首位を分け合っている。両社が歴史的な電気自動車革命をけん引するリーディングカンパニーであるからこそ、大国が独占禁止法を盾にTOBを阻止しようとしたのである。
(5)しかし両社は結束して難関を突破し、先週ついにTOBが始まった。三洋電機が構築した圧倒的な競争力を妨げる勢力は後退した。株価は電池開発力世界1の実力にふさわしい水準を目指すだろう。