2008/10/6

  2008年10月6日(月)

 米議会は金融安定化法案を可決した。ブッシュ大統領は「公的資金75兆円を投入して金融機関から不良資産を早期に買い取り、信用収縮の緩和に向けて断固たる措置をとる」と述べた。
 しかし金融不安はヨーロッパに飛び火し、信用収縮と貸し渋りが激化した。果たしてポールソン財務長官は75兆円を用いて、金融不安を解消することができるだろうか。以下にポールソンの構想力と実行力を検証したい。
(一)水面下で過剰流動性が激増している。

(1)金融市場は信用収縮と貸し渋りにおびえているが、水面下では空前の過剰流動性が積み上がっている。
(2)第1に、米財務省とFRBはサブプライムローンの救済、住宅公社の国営化、AIGの救済等ですでに数十兆円の資金を投入した。
(3)第2に、大手金融機関はみな1兆円規模の大型増資を断行した。さらに米、欧、日の中央銀行が協調して放出した100兆円の資金を取り込んで、大手銀行は現金を腹一杯に抱え込んでいる。
(4)積極運用のヘッジファンドさえも、株式を売ってひたすら現金を蓄えている。
(5)そんな状況下でポールソン財務長官が75兆円を投入して銀行のデッドストックを片端から買い上げる。
(6)ポールソンが銀行のデッドストックの買い上げに成功すれば、水面下の巨大な過剰流動性が表面化し、金融逼迫が緩和される。

(二)75兆円の巨大なインパクト。

(1)投資銀行がサブプライムローンを組み込んだ証券を金融機関に売りまくり、そのサブプライムローンが破たんした。サブプライムローンがどの証券にいくら組み込まれているかがわからないから、疑心暗鬼で買い手不在となり、AA格の証券でさえ80%も大暴落した。
(2)銀行はこれらの評価損を四半期ごとに償却したから、巨大な赤字が表面化し、金融不安の連鎖を引き起こしたのである。
(3)しかし今、ポールソン財務長官は議会を説得して創出した75兆円の巨大資金を投入して、銀行のデッドストックを片端から買い上げる。
(4)金融機関はすでに50〜80%の評価損を償却済みだから、75兆円は額面換算で150〜200兆円の証券類を買い上げる資金量に匹敵すると推定される。
(5)財務省は銀行の簿価にプレミアムを乗せて買い上げるから、銀行はプレミアムを当期利益に計上する。買い上げに応じた銀行の決算と財務内容が好転する。
(6)もし財務省が簿価にプレミアムをつけなければ、銀行は償還まで持続し、もっと大きな償還差益を狙うだろう。
(7)財務省の買い上げ価格は市中相場の指標となる。市中相場が上昇すれば、銀行は保有証券を売却しなくても評価益が発生する。
(8)財務省は買い手不在で暴落した証券の大半を買う実力を備えた投資家だから、疑心暗鬼で暴落した市中相場をてこ入れする効果がある。

(三)バフェット氏とカルパース。

(1)民間で世界1の年金資金を運用するカルパース(カリフォルニア州教職員年金)はすでに暴落したサブプライム関連証券の買い付け資金として25億ドル(2,500億円)を計上している。
(2)株式の底値買いで世界1の大金持ちにのし上がったウォーレン・バフェット氏はゴールドマンとGEに8,000億円を出資し、財務省が75兆円の資金運用を任せてくれれば大もうけしてみせると語っている。
(3)日本でも銀行の評価損が評価益に大逆転した事実がある。小泉・竹中時代に銀行が担保不動産の暴落を受けて巨額の評価損を計上し、政府の資本注入を受けた。しかしその直後から不動産相場が反騰に転じて評価損は評価益に逆転し、銀行は巨額の利益を計上した。銀行株が急騰し、銀行は政府の持ち株を買い戻し、関係者はみな利益を得て不良債権の最終処理を完了したのである。
(4)株価が下がるとマスコミは悪材料ばかりを探し回るが、成功体験が豊富なカルパースやバフェット氏は現在の総悲観局面をチャンスと見ている。

(四)好機捕らえた東京三菱と野村證券。

(1)ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーは先週持ち株会社を設立して投資銀行から銀行に変身した。
(2)米国の投資銀行5行のうちリーマン・ブラザーズは倒産し、ベアースターンズはJPモルガン・チェスに合併された。メリル・リンチもバンクオブアメリカに買収されたから、独立を維持した投資銀行はゴールドマンとモルスタの2社のみとなった。
(3)先週、その2社が銀行に変身したために、米国固有の投資銀行は消滅した。
(4)銀行の中でもシティバンク、HSBC(イギリス)、UBS(スイス)等の巨大銀行はすでに投資銀行部門を保有している。
(5)投資銀行は資金を何十倍にも膨らませて利益の極大化を追求したために、保有資産が劣化すると資金繰りが悪化した。FRBは3月に緊急措置として、傘下のニューヨーク連銀に投資銀行の口座を開かせて、30兆円の融資枠を供与した。
(6)しかしいつまでも緊急融資を続けるわけにはいかないから、FRBは投資銀行を銀行に変身させることによって大手銀行並みの直接取引に移行したのである。

(五)ゴールドマンの先見力。

(1)ゴールドマン・サックスはルービンとポールソンの二人の財務長官を米国政府に送り出した。
(2)クリントン政権の財務長官に就任したルービンは自動車業界の猛反対を押し切ってドル高政策を推進した。世界中のエコノミストがルービンのドル高政策を批判したが、やがて世界の資金が強いドルに集中し、ドル高は株高を誘発し、自動車需要が急回復したのである。
(3)昨年ブッシュ政権の財務長官に就任したポールソンが議会を説得して創出した75兆円という空前の資金量は、ポールソン以外の政治家には不可能な決断であった。
(4)ゴールドマンはサブプライムローンを優良ローンに紛れ込ませて世界中に売りさばいた張本人である。
(5)しかしゴールドマンはいち早く問題証券を売り切ったばかりか、カラ売りによって利益を上げた。彼らはどんな相場の局面でもドライに利益を上げ続けている。
(6)エコノミストのコメントは結果論の解説に過ぎないが、ゴールドマンは真剣で相場に挑戦している。投資家は今こそポールソンとゴールドマンの一挙手一頭足に注目する必要がある。

(六)ゴールドマンの次はゴールドマン。

(1)世界の景気が悪化しても、悪化すればするほど、日本の自動車や家電やカメラは技術革新と多国籍化を進めるだろう。
(2)世界の金融市場が金融不安におおわれても、不安が大きければ大きいほど、ゴールドマンはハイテク化と国際化を推進するだろう。
(3)彼らに後戻りはない。金融不況を軽傷で凌いだゴールドマンは今、金融不況を克服するための新たなノウハウの構築に注力しているだろう。
(4)かくしてゴールドマンの次ぎもまた、ゴールドマンの時代となる可能性が高い。
(5)ポールソンの構想力と政治力と実行力はゴールドマン固有のカルチャーに由来している。果たしてポールソンは金融市場の救世主になるだろうか。